2007年02月01日07:57
佐久間町中部-川合間の天竜川に橋が架かったのは、大正4年2月3日。 中部(なかべ)出身の原田久吉翁(1837-1929)が、多額の寄付をして建設されたので「原田橋」と名付けられました。
あさってが開橋92周年の日です。
現在の原田橋は2代目。 昭和31年5月、旧橋のやや下流へ架け替えられ、国道473号の要所となっています。
天竜川には、鉄道橋も含めて110余の橋があります。
自動車が通行可能な橋だけを河口から数えると、21番目がこの原田橋。 これら、21もの橋の中で 「吊り橋」、しかも 「大型車の通行は1台ずつ」 と、制限されているのはここだけです。 近くに迂回路はなく、最近も橋を補強したばかり。
完成当時は、交通量の増大を予測できなかったかもしれませんが、幹線道路ゆえにこのような状況では……。
「第二原田橋」もありますが、後日紹介。
原田橋、あさって誕生日。≫
カテゴリー │橋
佐久間町中部-川合間の天竜川に橋が架かったのは、大正4年2月3日。 中部(なかべ)出身の原田久吉翁(1837-1929)が、多額の寄付をして建設されたので「原田橋」と名付けられました。
あさってが開橋92周年の日です。
現在の原田橋は2代目。 昭和31年5月、旧橋のやや下流へ架け替えられ、国道473号の要所となっています。
天竜川には、鉄道橋も含めて110余の橋があります。
自動車が通行可能な橋だけを河口から数えると、21番目がこの原田橋。 これら、21もの橋の中で 「吊り橋」、しかも 「大型車の通行は1台ずつ」 と、制限されているのはここだけです。 近くに迂回路はなく、最近も橋を補強したばかり。
完成当時は、交通量の増大を予測できなかったかもしれませんが、幹線道路ゆえにこのような状況では……。
「第二原田橋」もありますが、後日紹介。
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